高すぎる男【マッチングアプリ】

マッチングアプリ_日本編

「決めた。今年は180cm以上の男としか寝ない!」

夏の終わり、梅田のシャレた静かなカフェで友達にそう宣言した。
友達はスマホを見ながら、好きにしぃ〜、と言った。


この頃のわたしは、マッチングアプリに大ハマ中。

トイレでスワイプ。
信号待ちでスワイプ。
進まない会議の途中でもスワイプ。

暇さえあれTinderを開き、
表示される写真を、覇気のない顔でカウンターを連打している交通量調査員のようにスワイプ。
無心で、呼吸をするようにスワイプ。


もうここまでくると指が覚えちゃってるよね、スワイプを。

怖いよ、自分の対応力…いや進化と呼ぼう。進化が怖いのよ。
おばあちゃんはしたことないであろう親指スワイプ。
それがよ?わたし一人でスワイプをここまで早くできるように進化しちゃってさ、もう次世代のスワイプ速度どうなちゃうのって話よ。
これ未来の人類の親指の形変えちゃってるレベルの進化じゃない?って。


進化した親指で不規則な爆速メトロノームかましながら
プロフィールに「アリ」「ナシ」を決めて行くんだけど、その判断基準はシンプル。

1、180cm以上あるかどうか
2、イケメンかどうか

特に重要なのは1。
もともと高身長が好きで、特にこの頃はちょうど大人のダンシング・インザナイトした男性が6人連続で180cm超だったこともあり
「ここまできたら、今年は高身長縛りでいったろか!」ってことで、冒頭の宣言ですよ。

マッチングアプリでは「180cm以上の男性は身長を明記しがち」というあるあるが存在するため、すごく絞り込みやすい。

その上でイケメン風の人を選んでスワイプするだけでいい。

(ただし、イケメン高身長でも「身長高い人が苦手な人はごめんなさい笑」とかほざいてる激サブ男は除外。ひとりで地球温暖化止める気かよサブすぎ)


もちろん、身長を明記してない人もいるんだけど、
親指同様に眼力も進化っていうの?しちゃってさ、写真みりぁわかるのよ。わたしレベルになると。

この顔とバランス的に180はないだろな、みたいな。
この感じは185は固いぞ、とかね。

――

とある水曜日。

仕事が珍しく早く終わった。

早くと言っても、夜8時ごろ。
放送作家の仕事は夜中までかかることが多い。だから8時から自由時間だなんて何かしないと、どっか行かないと勿体ないんじゃないか、とそわそわしてしまう。


飲みに行こうかな。
でも仕事関係の人と飲みに行く気分じゃない。
かと言って、平日のこんな時間から誘える友達はいないし。
ひとりでいつもの店に行こうか…
でも誰かと飲みたいな。


こんな時こそ、話が早いでお馴染みのTinderの出番だ。
ある程度タイプの異性とサクッと会える。


Tinderを開き、届いていたメッセージを確認する。

「こんにちは!」

一番上に窪田正孝に似た爬虫類系イケメンからのメッセージがあった。

プロフィールを確認する。

コウジ(28)品川在住

趣味:ランニング、サーフィン
 ○日〜○日 大阪出張。飲みに行きましょう


残念ながら身長が記載されていない。
でも、2枚目には結婚式に出席した時に撮ったと思われるスーツ姿の全身の写真があった。


この顔とバランス…。
間違いない。180cmは超えている!


メッセージが来ていたのは昼過ぎ。
急いでメッセージを送らなければ…!



「こんばんは。今から飲みに行きませんか?笑」


こんな時は直球がいい。


すぐに返信が来た。


「今、仕事の食事会で…10時には終わるので、それからだと遅いですか?笑」

「いいですよ!どの辺りですか?」

「梅田で飲んでます」

「わかりました。じゃぁ10時ごろに梅田らへんに行きますね」

「了解♪また連絡します!」



ここまで約10分。

これだからTinderは楽しい。



荷物を置きに一旦家に帰ることにした。
約束まで1時間以上あったので軽くシャワーを浴びて化粧を直す。

少しワクワクしている。

好みのタイプの異性と2人で飲みに行く。その事実だけで仕事ばかりの毎日にちょっとだけ艶が出る。気がする。

これだからTinderは楽しい。



コウジから「そろそろ終わります!」と連絡が入ったので、家を出た。

タクシーを拾おうとしているともう1通。

「飲みすぎたから部屋に戻って来ました。ホテルで飲みません?笑」




えぇ…いやぁ…それはあまりにも…

空車のタクシーを一旦見送る。

正直さ、家で化粧直してる時からこっちは作っちゃってるのよ、気持ち。
高まっちゃってるのよ、欲求。


「ユキちゃん?」

「あ、コウジさんですか?」

「初めまして。遅くなってごめんね笑」

「いえいえ、大丈夫です」

「この辺に大阪出張の時にいつも行くバーがあるんだけど、そこでいい?」

「はい!」

「急に“今から飲みませんか?”って来たからとビックリしたよ笑」

「引いちゃいました?」

「いや、全然嬉しい。俺フットワーク軽い子好きだし!」




みたいなさぁ。

なんとなくこんな感じかなぁってのを待ち合わせからシュミレーションしちゃってたのよ。

どんな駆け引きを繰り広げるのか、エゴとエゴのシーソーゲームを脳内でおっぱじめちゃってたわけ。

それが、直ホテルて君…。

風情がないわ。
すき家かよ。入ってすぐ食べられるすき家かよ。

それに、飲みに行くということは、それ以上進むかどうかの主導権はある程度女性側にある。会ってみて“なんか違う”と思えばホテルや家に行かずに帰ればいい。
でも、最初からホテルで会ってしまったら逃げられない。正直なところ怖さもある。

数件メッセージをやり取りしただけで、“なんか違う”かどうか確かめるなんてできない。

わたしは返信した。




「身長何センチですか?」




180cm超えてりゃぁいいのよ今夜は!
すき家バンザイ!牛丼最高!!




コウジから返信がきた。

「175cmだよ。」






おーっとっと。これは誤算。

たまに居る「180cm顔の男」でしたわ。
まぁミスチルの桜井さんだって顔のわりに小さな胸やわーって言ってたし。見誤ることもあるよね仕方ない。


あーあ。行く満々だったのに…。
「もう180cm以上の男としか寝ない!」って宣言したばっかりなんだから175cmはナシだ。


せっかく準備したけど、おとなしく家に戻るか…

今日はやめておきます、と打っていると、コウジからまたメッセージが届いた。



「○○ホテルの2506号室です」



駅近のあのホテルね。

2506号室ってことは25階か。

ん?25階…?

25階って、めっちゃ高いよね…?

地上何メートル?

身長は175cmしかないけど25階に居るってことは…

トータルめちゃくちゃ高くない?

トータルでめっちゃ高いってことは…セーフちゃう??




なーんてね。
あかんあかん。
こんなん言い出したら何だってええやん。ルールめちゃくちゃやわ。

ってことで、送った。




「今向かってます!」

―――

ホテルに着いて、25階に向かった。
こんな風にホテル入ったのは初めてだ。


2506号室の扉をノックする。

ガチャ。

「ユキちゃん?入って入ってー」


プロフィール写真通りの窪田正孝に似たイケメンが扉を開けた。



窓際にテーブルがあったので、わたしは椅子に座り、コウジはベッドに腰掛ける。
コウジが買っていたチューハイで、キラキラした梅田を見下ろしながら乾杯した。

ホテルに男女が2人。

どうせ行き着く先は決まってるくせに、自己紹介をして、経歴や趣味のような当たり障りない話をした。2人とも、しらこい顔で。

コウジは有名なIT企業に勤めていて、スポーツ推薦で東京6大学に入ったほどのスポーツマン。

ランニングが趣味で去年はフルマラソンにも出場したらしい。
普段から鍛えているのでシャツ越しでも引き締まっているのが分かる。
そのおかげか、175cmしかないけどスタイルがよく見えた。
それにここは25階だから、トータルめっちゃ高いし。



スタイルよりもすごいと思ったのはコウジの声

とても良い声をしている。
低く、でも甘い声。

どこかでこんな感じの声聞いたことある…

あれだ。
CMで流れてくる恋愛シュミレーションゲームの俺様キャラの声だ。

「俺のモノになれよ」的なこと言ってるアレですわ。


少年ジャンプ系アニメの主人公のようにハツラツとした声じゃなくて、
喉の奥をキュッと絞ったようなセクシーな声。

笑っちゃうくらいのイケメンアニメ声だ。


話も上手で、気づけば30分ほど楽しくおしゃべりしていた。

顔、スタイル、経歴、そしてこの声。
さぞモテてきたのだろう。
彼の発言や所作は常に自信に満ち溢れていた。

(※以下、コウジの台詞はイケメンアニメ声で再生してください)


「なんで今の業種を選んだんですか?」

「元々は広告代理店で働きたかったんだよ。でも将来起業する事を考えた時に、ITないしは代理店を比べると…」

ん?


「話の途中でごめん。今なんて?」

「え?…あぁ、将来起業するつもりなんだ」

「あ、違う違う!その後。」


「ITないしは代理店で考えたんだけど…」




はい、きみ、やりましたね。

出ないのよ普通は。
20代の若造が日常会話で「ないしは〜」なんて。

「IT代理店か」なんですよ普通は。

出しにいったよね、ないしは〜、を!
ないしは〜、で出したかったんでしょう?できるビジネスマン感を!

というのもね、似たような経験があるからわかるんですよ。

テレビ業界で働いていた時、仕事の会話では必ずタレントの名前に「さん」をつけていた。一般的にアダ名呼びされてるようなタレントにも付けた。
でも、仕事以外の人と話す時はタレントの名前に「さん」を付けないように気をつけた。とっても気をつけた。

理由は、あー、こいつ業界感出してんなぁって思われたくないから。

で、よ。
「ないしは〜」は「さん」と同ポジだと思うのよ。

もしかしたら、コウジの中では「先にご飯にする?ないしはお風呂?ないしは…わ•た•し?」って会話が普通なのかもしれない。それだったらほんまごめん。

でもまぁやっぱり「ないしは〜」は出しにいったと思うのよ、デキるビジネスマン感を。そういう匂わせですよねこれは。


「ないしは、って普通の会話で使う人初めて出会ったわ」


「あははっ無意識だよ。でも、仕事柄出ちゃうんだよね笑」


出ちゃうんだよね笑、やあらへん。
標準語だからか、イケメンアニメ声だからか、キザっぷりで胸焼けしてまいそう。



「こっち、座ったら?」

違う意味で会話が面白くなってたわたしに、ベッドに腰掛けたコウジが言う。



これはスタートの合図。
そっちへ行ったら、もう今夜は帰れない。


コウジのことはタイプじゃなかったし、全然ときめかない。なんかキザだし。

でも、ベッドに移動した。


わたしは誰でも良かったし、

多分コウジも、誰でも良かったんだろな。

――

いざダンシング・インザナイトが始まると、コウジの甘い声はわたしを興奮させた。

先程まで無理だわーと思っていた標準語も、この時ばかりは良い。



「あ、やばい…この体勢は俺イキやすいから上乗って」


開始早々、早くイってしまうかも保険をかけられた。

いや待てよ、さてはこれはリップサービスやな?
フルマラソン完走するほどのスポーツマン。鬼の体力ですよそりぁ。

さすがモテ男。女性の扱いをよくご存知で。

気分を良くしたわたしが体勢を変えると



「普段は騎乗位なら全然余裕なんだけど…やばいな…」そう艶声で言うコウジ。


またまたぁ。どれだけ盛り上げ上手なのよあなた。
そんな事言われて、気を悪くする女なんていないでしょ。


コウジを見下ろすと、
快楽と苦しさの混じった表情の彼と目が合う。

次の瞬間、力強い声が響く。




「相性がいいと見たっ!

……イキそうだ!!!」





笑かすなて。

その声でこんな事言うのはズルいわ。絶対笑ってまうやん。


だから言わんのよ。「〜と見た!」なんて普通は。

その口調なに?なんかのキメ台詞?名探偵?


ひとり笑ってはいけない24時状態のわたしが必死に笑うのを堪えているうちに、
コウジはお果てになった。早かったですね、保険適用です。



わたしは、ぼーっと25階からの夜景を眺めながら思った。

これだからTinderは楽しい。

コメント

  1. ぷち より:

    最高に面白かったです。海外Tinder編も楽しみにしてます

  2. ユキ子 より:

    ぷちさん
    ありがとうございます!
    早く…早く書きます…!!

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