覗きたいけど覗けないあなたへ

恋愛

先日、私の住むフィレンツェは41度を記録した。

友人が泊まりに来ていたので、私たち夫婦はクーラーのない部屋で寝た。
窓を全開にして扇風機2台を回してもぬるい空気が循環するだけ。全く寝れない。

そんな夜はスマホと仲良くするしかなく、ネットサーフィンが止まらない。
サーフィンというかパトロール的な?

私にはよろしくない癖があって、
「どうでも良くないどうでも良い人達」を不定期に検索して覗いてしまうのだ。

具体的には元カレやその彼女、元カレの元カノ。
昔の片思いの相手、がその時に好きだった人、のちょっとイタめな友達。とかとか。

そう、もはや他人。
こちらが一方的に見てるだけで、私のことを知らない人も多い。

当時は見てもどうせ辛くなるだけなのに見に行って、やっぱり辛くなっていた。
今は元カレの誕生日なんて忘れちゃったのに、元カレの元カノのフルネームはまだ覚えてたりするから人間ってどうかしてる。

アカウントを見に行っても、彼/彼女たちがどんな状況あれ「ふーん」と思って終わる。
それ以上でも以下でもなく、本当にただ覗いて終わる。
昔に比べるとだいぶ頻度が減ったものの、未だ覗きを止められないでいる。


そんな中で一人だけ、
覗くことのできない人がいる。
23歳の時に付き合っていた元カレだ。


23歳の秋。
私たちは友人が企画した大規模なキャンプで出会った。

仕事で遅れて参加した私がバンガローに荷物を置きにいくと、そこに彼は居た。

黒サングラスに蝶野正洋のような髭を蓄え、ストライプのオーバーオールにストライプのキャップ姿でタバコを吸っていた。
この人の顔ちょっとタイプかも。

他の参加者に比べて明らかに年上だった。

「すごいストライプですね」

思わず挨拶より先にイジってしまった。
だってストライプ×ストライプて。

「はは。やっとイジってくれる人おった(笑)」

少し照れたように笑いながら蝶野はサングラスを外した。目元にはくっきり笑い皺。

「どうもタツヒコです、よろしくね」


なんか良い。

そう思ったのは私だけじゃなかったらしく、彼から連絡先を聞かれ後日飲みに行くことになった。


タツヒコさんは13歳年上の36歳で、京都の実家で暮らしながら自動車関係の仕事をしていた。
当時テレビのA Dで不規則かつ夜遅くまで働いていた私に合わせ、わざわざ車で京都から中崎町にある私の家の近所まで来てくれた。

向かい合わせに座った居酒屋で「ここ全部うまいなぁ!」と本当に美味しそうに食べながら、私の話をニコニコ聞いてくれたのが嬉しかった。

なんか良い。

そろそろ出ようか、の時間。
またの名をデート代は男性がおごるべきか論争モーメント。

わざわざ京都から来てもらったし半分出すつもり。そもそもこれがデートなのかもわからないし。
タツヒコさんは車だからお酒を飲んでないし多めに払った方が良いかな…でも年下の私が半分以上出したら逆に失礼…?

ごちゃごちゃ考えながらトイレから戻ると、その間にお会計を済ませてくれていた。
慌てて私も払います!と伝えたが「年下の子に払わせるわけないやん。かっこつけさせてよ(笑)」と余裕のある笑顔。

13歳年上ってこんなにスマートなんや。
同年代としか付き合ったことがなかったけど、大人の余裕ってかっこいい。

時間もまだ早かったので軽くドライブして、家の前まで送ってもらった別れ際。

「また誘っていい?」

「…はい!嬉しいです」


彼の目を見て答えて車を降りた。


降りるのが早すぎた。


タツヒコさんの口がチュッチュと鳴っている。

降りるのが早すぎて
キスをしようと身を乗り出したタツヒコさんを車内に置き去りにしてしまった。

尖らせた唇、その先に私はいない。
行き場を無くしたタツヒコさんの唇は、誤魔化すように小さくチュッチュと音を立てているが、何も誤魔化せていない。

タツヒコさんも恥ずかしいだろうし、見てるこっちも恥ずかしい。
さっきまであんなにスマートだったのに。
「かっこつけさせてよ(笑)」とか言ってたのに。

私は反射的に急いで車内に戻りキスをした。

ここまでわずか2秒ほどの出来事だったが、タツヒコさんも私もびっくりするくらいダサかった。


でも。
そのダサさも、なんか良い。と思えるくらい好意が芽生えていた。

その後、3回目のデートで告白をしてくれて付き合うことになった。
初めて13歳も年の離れた大人の恋人ができた。

――

付き合って1ヶ月。
大人の恋人は、私の思ってたような大人ではなかった。
ケチだったのだ。

金銭感覚は人それぞれだからケチは倹約家とも言い換えることができる。
ただタツヒコさんのそれは、私にはかなりダサく映って、そのダサさを「なんか良い」とは思えなかった。

奢ってくださるんだが、そのやり方がどうもスッキリしない。
彼といると“ご馳走様が貯まる”ことに苛立ちすら覚えた。


例えば映画デートの時。

チケット代3600円(1800円×2人)を払う際に、
多めに出すわと3000円を出してくれて、私が残りの600円を発券機に入れた。
これで1ご馳走さま。

ありがとうとお礼を言うと「おう」と爽やかな顔。
端数の600円くらいそのまま出してくれても…いやそう思う私が悪いのか。
蝶野みたいなゴツめのタツヒコさんが小さく見える。


上映まで時間があったので下のレストランで食事。
それぞれ1500円のお好み焼きを1枚づつ頼み、税込でお会計3240円。

払うでと言ったタツヒコさんは2000円しか出さなかったので、私も2000円払った。お釣りは「とっとき」とくれた。
一応ごちそうさまとお礼を言うと「おう!」とドヤ顔。

いや、260円やけど。多く出してくれたんは260円だけやけど。
1万円奢ったみたいな顔すな、260円の顔してくれ。

なんだかんだ、これで2ご馳走さまが貯まった。

2ご馳走様も貯まると居心地が悪くなって、帰りのコンビニで「さっき多く出してくれたからここ払うよ」だなんて言っちゃう私も悪いんだけど。
彼はいいの?と嬉しそうに大量のビールやおつまみをどんどんカゴに入れていって、お会計は4000円を超えた。
ビールは飲めないけど私が全部払った。

こんなに細かい事を言っておいて説得力がないけど、本当はお金に細かいのは苦手だ。
それに男性が女性に奢るべきとも思っていない。

ただ、正社員で働いている人が、13歳年下で契約社員の薄給ADに数百円だけ多く払っただけで奢った感を出してくる感覚はダサいと思ってしまう。
ってか実家住みやんな?私一人暮らしなんやけど?

そんな事をぐるぐる考えてしまう自分も最強にダサくて、次第にタツヒコさんと出かけるのが嫌になってしまった。

私は年齢差ゆえに彼に”大人”を期待しすぎちゃってたし、彼も私に不満があったと思う。

付き合って2ヶ月を過ぎた頃には冷めていた。
というか最初からそこまで強い想いはなかったと思う。お互いに。


別れは時間の問題だった。

付き合って4ヶ月経ったある日、タツヒコさんとそのお友達との予定があったのに急に仕事が入ってしまった。
少し遅れるかも…と電話で伝えると怒られた。

「いやいや。遅れるかもとか困るねん。俺だけじゃないからさ、みんなの迷惑になるからちゃんとしてや」

悲しかった。
私だって行きたかったから、何日も前から今日は早く終われるように夜中まで仕事してたのに。
それをわざわざ伝える価値もないな、と思ってそのまま電話で別れた。

それからすぐに年末年始の特番シーズンで忙しくなり、別れに浸る時間もないまま新年を迎えた。
そして私は会社を辞めることに決めた。
目標だった放送作家になるために。

退職に向け引き継ぎが主な業務になってからは今までが嘘のように暇だった。

時間に余裕ができると、


性欲が湧いてきた。

今まで感じたことないほど強い性欲。身体の奥底からぐつぐつとマグマが湧き出てくるような、抗えない確固たる性欲。何やこれは。

もしかして…特番シーズンが3日で数時間しか寝れないほど忙しかったから、体が死を感じて本能的に子孫を残そうとしてる的な?だから性欲アツアツに沸かしときましたぜ!的な?

沸かされても困るよ相手おらんのに。

少なくとも今後1年間は彼氏を作らず仕事に没頭すると決めていた。
今から放送作家になるぞ!って人が呑気に彼氏探しなんてしてて良いはずない。
そもそも4月から何の仕事も決まってないし、作家の仕事をもらえるように必死で頑張らなきゃいけない時期だ。

しかし、性欲マグマは収まらなかった。それどころか未曾有の大噴火。


これは発散しないとダメだ。
パソコンを開いて検索した。

「セフレ 作り方」


多くの場合は男性目線で、いかにセックスフレンドを作るか、その方法を丁寧に説いたページがヒットした。
その中に気になる記事を見つけた。

超訳すると、
「セフレがいる女性の6割がお相手は元カレ。元カノをセフレにするのは意外に簡単だぞ勇気出して頑張れ!」というもの。

人によるやろ!と思いつつ、ふとタツヒコさんが頭をよぎった。

タツヒコさんへの未練は微塵もなかったが、
この人…セフレにぴったりなのでは?

もう二度と好きにならない自信があったし、
いつも車で来てくれてたから終わったら適当に帰ってくれそう。

完璧やんか。

しかも記事は男性が元カノをセフレにする方法だが、女性からセフレ志願なんて鴨がネギ背負って来るようなものやんか。

すぐにタツヒコさんに連絡した。

-お久しぶりです。元気ですか?

-元気やで。どしたん?

-今週って忙しいですか?

-なんで?

-よかったら久しぶりに飲みに行きません?

-今週は無理や


さすがに急すぎたか。
正直、一度飲みに行ってしまえばどうにでもなる自信があった。
とにかく飲みにさえ行ければ…!
タツヒコさんも鴨がネギ背負ってることがわかれば食いつくはず。


翌週また飲みのお誘いメールをしたが
まだタツヒコさんは警戒しているようだった。

「ってか何で飲みに行きたいん?」

なるほどなるほど。

自分だけその気で行ったら恥ずかしいから先に感情の答え合わせがしたい、そういう事ですね?
本当は飲みに行って流れでそうなるのが理想だったけど、警戒を解くために手の内を明かすことにした。

「失礼な事を言っちゃってるのはわかってるんですが…もし今お付き合いされてる方や特定の方がいなかったら、
割り切った関係で会ってもらえませんか?」


どうですか!
もうここまで言ったら、鴨がネギ背負ってまな板担いで包丁片手に血抜きしながら来たようなもんっしょ!さぁ、美味しくいただいちゃってくださいな!

焦らすように返信は30分後に届いた。





「無理でーす\(^^)/」



無理でした\(^^)/

しかもFacebookもInstagramもブロックされちゃいました\(^^)/


実は内緒で知っていたタツヒコさんのほとんど更新されてないツイッターを見ると、
メール直後の私への感情だと思われるツイートがあった。


「目には目を。歯には歯を。ガッデム!!!」

蝶野\(^^)/


それから私は大人しく仕事に集中した。
何とか放送作家として生活ができるようになったが、マッチングアプリをきっかけに性欲が再び大噴火することとなる。
(その様子は別のブログに書いているのでよければどうぞ)


タツヒコさん元気かな。
ブロックされてるからわからないけど、幸せでいてほしいな。ガッデム。

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